「アジトテープス」リリースに
寄せて➁

とは言っても、楽器すら持っていないバンドがMTR※なんて持っているはずもありません。じゃあどうやって多重録音に臨んだのか?
バンドメンバーのジョージ担当が、「カラオケ機能付きコンポ」というシロモノを持っていたのです。たしかAIWA製だったと思います。マイクを接続すればカラオケが楽しめて、それをテープに録音することもできるハイスペックなダブルカセットのコンポでした。デッキAでカラオケテープを再生させながらマイクで歌い、そのオケと歌とがミックスされた音をデッキBのテープにダビング録音するという仕組みです。
僕はそのコンポに目を付けたのです。その工程を繰り返せば自在に多重録音ができるのではないか?と。
レコーディングに選ばれた曲はビートルズの「This Boy」と「Yes It Is」。場所はジョージん家。そもそも楽器を弾けないバンドなので演奏は基本アカペラです。アカペラ練習の成果が試される曲を選んだというわけです。
結果としては、非常に音質の悪いブツが出来上がりました。ダビングを何度も繰り返しているようなものなので当然です。
演奏自体は、記憶ではそこそこうまくいっていた気がします。でも何より強烈だったのは自分たちの声でした。聴きなれない自分の声に皆で爆笑をしたのを憶えています。多重ダビングの影響でピッチもなんかおかしくなっていて、こっ恥ずかしいを通り越して、とにかく爆笑をしました。

それからなん年かが過ぎて。すでにエアギターを卒業していた僕は、いつも練習に使っていたスタジオの店員さんにTASCAM製の4トラックカセットMTRをお古でいただくことになります。たしか、元々トラックの運転手をやっていた方でとても優しい店員さんでした。あれはすごく嬉しかったなぁ。これでなんでも好きに録音できると、それはもう有頂天でした。
カセットMTRには「ピンポン録音※」という技法がありますが、カラオケコンポレコーディングを経験していたおかげでその仕組みも割と速く理解できました。ダビングを繰り返すことでひでえ音質になっていく過程も身をもって知っていたので、対策の創意工夫を楽しむこともできました。

酷使しまくったTASCAMのカセットMTRは、やがてRolandのVSシリーズにメインの座を譲りました。宅録でもデジタルレコーディングができるようになったのです。そして今はレコーダーですらないパソコンによるDAW※。無限にも思えるトラックの数。カラオケコンポから考えれば、想像を絶する進化です。だけど中学3年生の秋が深まる季節、あのカラオケコンポにだって無限の可能性を感じていたし、僕にとってはまぎれもなく羨望の的でした。今考えてみても、あれは本当に素晴らしい発想の家電だったと思います。

③へ続く
※注釈

MTR:マルチトラック・レコーダー(Multi-Track Recorder)。1つのソース(テープ等)内で個別のトラックを複数に分けて録音・再生を行う録音機器。各トラックは独立して録音再生することができるので、パートごと別々に録音し、それぞれ個別にエフェクト処理を行ってのミックスが可能。元々はオープンリールを用いた業務用機器だったが、1979年にTEAC社がカセットテープを使用した4トラックのMTR「144 Portastudio」を発売。個人レベルで本格的な多重録音が実現し宅録の基礎を築いた。

ピンポン録音:MTRで複数のトラックに録音された音を、別の空きトラックにまとめてミックスし録音して空きトラックを増やす手法。MTRにはトラック数の制限があり(4トラック・8トラックなど。機種によって異なる)、この制限を越えるトラック数が求められる際の措置といえる。同じテープ内でダビングが行わるため最低でも1トラックはピンポン用として空けておく必要があるが、トラックをフルに使用し、別のレコーダー(別のテープ)にダビングを行う方法もある(リダクションミックスとも言われる)。ビートルズが多用していた手法で、特に初期は2トラックMTRしかなかったため、ピンポンを行わなければ重ね録りは実質不可能だった。4トラックMTRが導入されてからもピンポンは多用され、複雑な多重録音によって作られた「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」も2台の4トラックレコーダーを使用し、リダクションミックスを駆使して作られた。

DAW:デジタル・オーディオ・ワークステーション(Digital Audio Workstation)。パソコン用の音楽制作ソフトウェアで、録音、編集、ミキシング、マスタリングといった一連の制作作業を行うことができる。

2026/09